【日本史/参考書】豊臣秀吉が天下統一に向けてとった手法とは?(東大のディープな日本史第11問 2009年第2問)

日本史

こんにちは、たんたんです。

今回は、「社会人の日本史学びなおし」として、東大のディープな日本史の第11回を扱っていきます。

・学生時代、もっと真面目に歴史を勉強しておけばよかった。

・日本史を学び直したいけどどうやったら勉強したらいいの?

と悩んでいる方は一緒に学んでいきましょう。私も社会人になってから、日本史を勉強しておけばよかったなぁと後悔して勉強を始めました。

今回は第11回「豊臣秀吉が天下統一に向けてとった手法とは?」です。

テーマ11:豊臣秀吉が天下統一に向けてとった手法とは? (2009年第2問)

問題:

詳しい問題文・参考文は、東大のディープな日本史を参照してくださいね!
概要をいうと、秀吉の政治に関して

A 秀吉が戦乱の原因をどのようにとらえ,その解決のための方針でのぞんだか。
B 秀吉が,自身の命令を正当化するために用いた地位と論理
C 秀吉による全国統一には,鎌倉幕府以来の武士社会における結合の原理に基づく面
がある。
秀吉はどのようにして諸大名を従えたか。

考え方のポイント

まず、資料文についてまとめていきたいと思います。

資料(1) 1585年,秀吉が島津氏に送った文書。
勅命に基づいて書き送る。九州ではいまだに戦乱が続いているのは良くないことである。国や郡の境目争いについては,双方の言い分を聴取して,追って決定する。まず敵も味方も戦いをやめよというのが叡慮である。これに応じなければ直ちに成敗するだろう。

資料(2) 島津氏の言葉
関白殿から戦いをやめるように言われたが、、」

資料(3)、(4) 秀吉の政治戦略
・秀吉は島津氏に薩摩国・大隅国などを,毛利氏に安芸国・備後国・石見国などを,
 それぞれ領地として与えた
・1592年に始まる朝鮮出兵では,島津氏も毛利氏も,与えられた領地に応じた軍勢を出すように命じられた。

秀吉は天皇の言葉を代弁する形をとって、他の大名を従えようとしている感じが見て取れますね。

 

解答メモ

これをまとめると、

A: 秀吉が「戦乱の原因」をどう捉えて,「解決のための方針」を立てたか

戦乱の原因:国や郡の境目争い
その解決策:停戦に応じない場合は成敗(武力で鎮圧)する

B:秀吉が,自身の命令を正当化するために用いた地位と論理。

地位:関白に就任
論理:天皇の意思を奉じた命令

C: 秀吉が諸大名を従えた「武家社会以来の統合の原理」

武家社会以来の原理: 御恩と奉公に基づく主従制原理
統制の方法: 一定の領地を給与・保障する代わりに有事の時は軍事動員させる。

というところだと思います。

まとめ

今回は豊臣秀吉の政治について学びました。奇抜な戦法と革新的な方策を持つアイデアマンというイメージですが、政治に関しては、中世の論理を引き継いだ堅実な政治で諸大名を率いていたことが分かります。

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