【東大・日本史】第12回 江戸時代の幕府と朝廷の関係とは (1994年第3問・社会人の日本史勉強日記)

日本史

こんにちは、たんたんです。

今回も、「社会人の日本史学びなおし」を扱っていきます。

・学生時代、もっと真面目に歴史を勉強しておけばよかった。

・日本史を学び直したいけどどうやったら勉強したらいいの?

私も社会人になってから、日本史を勉強しておけばよかったなぁと後悔して勉強を始めました。

今回は第12回「江戸時代の幕府と朝廷の関係とは?」です。

テーマ12:江戸時代の幕府と朝廷の関係とは? (1994年第3問)

問題:

詳しい問題文・参考文は、東大のディープな日本史を参照してくださいね!
この問題の概要は、以下に示す資料文を参考に
江戸時代初期の幕府と朝廷との関係の特徴を示せ。というものです。

考え方のポイント

まず、資料文についてまとめていきたいと思います。

(1)家康の征夷大将軍就任
(2)秀忠の征夷大将軍就任
天皇が任命した栄誉ある地位。

(3)禁中並公家諸法度
→天皇ならびに公家の行動を規制

(4)朝廷が家康に東照大権現の神号を勅許
→朝廷の許可のもとで家康の神格化を進める

(5)紫衣事件
→幕府が朝廷に優越することを示す

(6)朝廷の勅許により日光東照社が宮号を得る
(7)朝廷が日光例幣使を派遣し,東照宮に対する崇敬を示す
→朝廷の許可のもとで家康の神格化を進める

(8)幕府が朝廷による伊勢例幣使の再興を承認
→幕府が朝廷の祭事を奨励

幕府が朝廷の行動を制限していたのは確かですが、想像していたよりは、持ちつ持たれつの関係であったという印象です。

解答メモ

これをまとめると、

幕府→朝廷
統制:紫衣事件では勅許を無効にするなど幕府優位を示していた。
融和:征夷大将軍の任命や家康に対する神号・宮号勅許などは天皇の伝統的権威に基づいており、幕府は朝廷との融和をはかりながら天皇の権威を利用した
朝廷→幕府
征夷大将軍の任命や家康に対する神号・宮号勅許などを行う代わりに、祭事の復興を要請するなど、幕府との持ちつ持たれつの関係性を維持していた。

まとめ

教科書を軽く読んだ印象では、幕府が一方的に朝廷を統制していたような印象を受けていましたが、実際は、お互い上手く関係性を維持していたような感じですね。

徳川幕府は征夷大将軍になった事でその地位が安定したと考えられますが、それを任命するのは朝廷です。そして、その後も朝廷は権威の対象としての地位は揺らいでいないカリスマ的存在。

ただ、あまりにも朝廷に勢力を持たせ過ぎると幕府の地位が相対的に下がってしまうため、幕府は朝廷を統制します。とはいえあまりにも抑圧しすぎると、朝廷を助ける名目で倒幕の旗印になりかねない事を悟った上での慎重な政治だったんですね。

中世は、幕府と朝廷の関係性のこじれが騒乱の火種となっていました。
徳川氏はきっと、その歴史に学んでこのような飴とムチのような政策をとり、成功を収めたんだと思います。

前:問11. 豊臣秀吉の政治
次:問13. 上げ米の令の真実とは?

日本史
シェアする
りょうたろをフォローする
サラリーマンにオススメな最強の自己投資ブログ