【社会人・日本史】化政文化はなぜ農村まで広がったのか?(東大のディープな日本史第15問、2001年第3問)

日本史

こんにちは、たんたんです。

今回は、「社会人の日本史学びなおし」として、東大のディープな日本史の第15回を扱っていきます。

・学生時代、もっと真面目に歴史を勉強しておけばよかった。

・日本史を学び直したいけどどうやったら勉強したらいいの?

と悩んでいる方は一緒に学んでいきましょう。私も社会人になってから、日本史を勉強しておけばよかったなぁと後悔して勉強を始めました。

今回は第15回「化政文化はなぜ農村まで広がったのか?」です。

テーマ15:化政文化はなぜ農村まで広がったのか?

問題:

設問の概要を言うと、

日本全国に学問や俳諧などの文化が広く浸透した背景を,化政文化の特徴にもふれながら 説明しなさい。

考え方のポイント

まず、化政文化について用語集を見てみます。

化政文化:文化・文政期 (1804~1829年) を中心に、主に江戸で発達した町人文化。文化の爛熟期で、洒落や通を好み、野暮を笑うという刹那的、享楽的な色彩が強い。

化政文化の概要はわかりましたが、
今回は、そのような文化が全国に波及した理由を答えるというものです。

つまり、19世紀前半の社会情勢の事と結びつけて答えよという問題なんですね。

解答メモ

19世紀初頭は、政治は退廃していましたが、経済は潤っていました。
その内容を下にまとめました。

文化・文政時代の経済発展
農業:商品作物の生産力アップ、農村工業の発展により経済的自由。
教育:寺子屋の普及
→読み書きができる事で文化の受容がスムーズに。識字率アップ。
商人:経済的発展を背景に、地域間交流の活発化

このような社会的発展により、江戸で生まれた文化が全国に波及して、受容されていったことがわかります。

まとめ

今までは、「元禄文化=大阪」「化政文化=江戸」という印象がありましたが、化政文化は全国に波及していたんですね。そして、その背景を考えさせるところに東大日本史の巧みさがあるのでは無いかと思います。

次回からはついに近現代です。ラスト5問、頑張っていきましょう!

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