【社会人・日本史】大久保利通が描いた日本の将来像とは?(東大のディープな日本史 第17問、1994年第4問)

日本史

こんにちは、たんたんです。

今回は、「社会人の日本史学びなおし」として、東大のディープな日本史の第17回を扱っていきます。

・学生時代、もっと真面目に歴史を勉強しておけばよかった。

・日本史を学び直したいけどどうやったら勉強したらいいの?

と悩んでいる方は一緒に学んでいきましょう。私も社会人になってから、日本史を勉強しておけばよかったなぁと後悔して勉強を始めました。

今回は第17回「大久保利通が描いた日本の将来像とは?」です。

テーマ17:大久保利通が描いた日本の将来像とは?

問題:

1873(明治6)年、大久保利通は岩倉使節団の欧米視察の経験をもとに、政府に対して政体を定めるよう建言した。次の引用文はその一部である。これを読んで下記の設問に答えよ。なお、引用文は現代語に改め、一部は要約してある。

(1) 政体には、君主政治、民主政治、君民共治(後にいう立憲君主制)の三種類がある。

(2) 民主の政は、天下を一人で私せず、広く国家全体の利益をはかり、人民の自由を実現し、法律や政治の本旨を失わず、首長がその任務に違わぬようにさせる政体であって、実に天の理法が示す本来あるべき姿を完備したものである。アメリカ合州国はじめ、多くは新たに創立された国、新しく移住した人民によって行われている。

(3) 君主の政は、蒙昧無知の民があって、命令や約束によって治められないとき、ぬきんでた才力をもつ者が、その威力・権勢に任せ、人民の自由を束縛し、その人権を抑圧して、これを支配する政体で、一時的には適切な場合もある。

(4) イギリスは土地・人口の規模が日本とほぼ同じであるが、その国威は海外に振い、隆盛をきわめている。それは3200万余の人民がおのおの自身の権利を実現するために国の自由独立をはかり、君長もまた人民の才力を十分にのばす良政を施してきたからである。

設問

大久保は諸国の政体を比較した上で、日本には君民共治の制がふさわしいと主張した。なぜそう考えたのか。当時の日本がおかれていた条件国家目標を考えて、5行以内で説明せよ。

考え方のポイント・解答メモ

まず、民主政治、君主制について、上の文章をもとにまとめていきたいと思います。

・民主政治:最終的な理想形。新たに建国した時にヨーイドンで始まるパターンが多い。
・君主制: 蒙昧無知の民 (←すごい表現ですね。) のため、民衆に任せてられない時に、カリスマが全ての実権を握る方式。一時的ではあるが効果あり。

当時の日本が置かれていた条件。

当時の日本は、旧幕府体制の封建制度が染みついている状態でした。その中で民主政治にガラッと変えるのは、風習的な所も民度的な問題でも難しいと判断したんでしょうね。

でもその中で、日本は

・条約改正の実現
・富国強兵、欧米諸国なみの国家づくり

を達成するという目標があります。

そのような中で、
・君主制的な感じで、富国強兵を目的に強力に牽引したり、民度を上げつつ
・その後、民主制に移行していく方針でいく。

このために君民共治を選択したという事ですね。

まとめ

本問題を通じて、大久保利通の描いた日本像を学ぶ事ができました。東大の日本史問題を解いていて思う事、それは「東大の問題は、それ自体が作品であり、受験者へのメッセージである」という事です。教科書では語られなかった大久保利通の真の想い、そして受験者に「君たちは日本を変えたいという大志を持って東大に入るんだろうね。」と語りかけているような気がします。

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