【東大・日本史】 明治日本が産業革命を達成できた原動力とは?(1990年第4問・東大のディープな日本史第18問)

日本史

こんにちは、たんたんです。

今回は、「社会人の日本史学びなおし」として、東大のディープな日本史の第18回を扱っていきます。

・学生時代、もっと真面目に歴史を勉強しておけばよかった。

・日本史を学び直したいけどどうやったら勉強したらいいの?

と悩んでいる方は一緒に学んでいきましょう。私も社会人になってから、日本史を勉強しておけばよかったなぁと後悔して勉強を始めました。

今回は第18回「明治日本が産業革命を達成できた原動力とは?」です。

テーマ18:明治日本が産業革命を達成できた原動力とは?

問題:

次の表は、1900年前後(1898~1902年平均)の外国貿易の状況を示したものである。この表を手掛りにして、このころにおける製糸業、綿糸紡績業それぞれの発展の特徴を、6行以内で記せ。

輸出
総額 261,225 千円  
生糸 60,172
綿糸 22,119

輸入
総額 262,141 千円
綿花 61,572
繭 472
 

考え方・解答メモ

完全に歴史+経済の問題って感じの問題です。

まず、製糸業と紡績業の違いを明確にしないとダメですね。

・製糸業とは、蚕から取れた繭から、生糸を紡ぐ事業
・紡績業とは、綿花を紡いで綿糸にするという事業

製糸業は日本の主な輸出産業でした。
甲信越地方での養蚕業により国産の繭が取れたため、それを用いて製糸業は発展。
横浜港から輸出されたことが分かります。

一方、紡績業に関しては、インドからの輸入に頼った綿花を用いて、国内で紡績業が発展し、神戸港から輸出されたことがわかる。ただ、貿易収支は赤字であったという事がわかります。

まとめ

今回はグラフから、歴史的背景や産業構造を読み解くという問題形式でした。非常に面白い問題でした。文章を読解して、歴史的事実をまとめる問題だけでなく、無機質な表の背後にある日本の産業構造を掘り起こすというのは東大ならではだと思います。

次回は、協調外交以外に道はなかったのか? というテーマです。

前:問17.  大久保利通が見据えた日本の未来とは?
次:問19.  協調外交以外に日本に道は無かったのか?

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