【完結編】「憲政の常道」はなぜ終焉したのか?(東大のディープな日本史第20問、1982年第3問)

日本史

こんにちは、たんたんです。

今回は、「社会人の日本史学びなおし」として、東大のディープな日本史の第20回を扱っていきます。

・学生時代、もっと真面目に歴史を勉強しておけばよかった。

・日本史を学び直したいけどどうやったら勉強したらいいの?

と悩んでいる方は一緒に学んでいきましょう。私も社会人になってから、日本史を勉強しておけばよかったなぁと後悔して勉強を始めました。

今回は第20回「憲政の常道」はなぜ終焉したのか?」です。

テーマ20:「憲政の常道」はなぜ終焉したのか?

問題:

下の文章は、美濃部達吉「我が議会制度の前途」(『中央公論』昭和9年1月号)の一節である。

  過去において、議会制度が能く偉大な働きを為し、能く社会の事情に適合し得た所以は、自由競争主義が国民の経済生活の基調を為して居たが為である。議会の問題とせらるゝものは、主としては、(中略)政治問題であって、経済生活は原則としては国民の自由活動に放任せられて、(中略)随って又議会の問題となることも稀であった。斯かる時代においては、政治家の資格としては人心を収攬し得ることの外には、唯健全な常識を備ふるを以て足れりとして居た。(中略)

 併し時勢は変化した。経済上における自由放任主義は最早之を維持することを得なくなった。(中略)経済を離れて政治を論ずることは全く不可能となった。金融、産業及労働に対する国家統制の問題が、国政の最も主要な題目を為すに至り、随って又経済に関する知識は、政治家の必須の資格を為すことゝなった。

(中略)それは数百人から成る素人政治家の集まりたる議会の自由討論を以て決するに適する問題ではなく、又議会において養成せられた常識政治家の処理するに適する問題でもない。

設問:満州事変以後、政党解消に至るまでの時期、政党がその力を次第に失っていったのには、ここで指摘されていることを含め、さまざまの要因があったと思われる。それら諸要因について述べよ。

考え方のポイント・解答メモ

この問題で問われていることを再確認します。
政党が力を失った要因 を 上の文章で指摘されたことを含めて解答する。

まず、上の文章で指摘されたこと
経済を離れて政治を論ずることは全く不可能
素人政治家の集まりたる議会では決する問題でない
→ つまり、政党内閣は経済問題を解決できず、この時代の慢性不況に解決策を見出せなかった。

そのほか、理解しておくべきこと。
・議院内閣制は憲法で規定されていない
・元老など、特権の意見が強かった。
・財閥、官僚、軍部の台頭により政党の力が弱まった。

まとめ

以上で、全20回の「東大のディープな日本史」解説ブログは一区切りです。最後まで見てくださった方はありがとうございました。東大の入試問題は非常によく作られていて、教科書暗記だけでもダメだし、設問の資料分をまとめただけでもダメです。

これからも、東大入試を通して日本史の奥深さを味わっていきたいと思います。

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