【中世・第6回】平氏はなぜ政権を奪取できたのか (東大のディープな日本史)

日本史

こんにちは、タンタンです。

今回は、「社会人の日本史学びなおし」として、東大のディープな日本史の第6回を扱っていきます。

・学生時代、もっと真面目に歴史を勉強しておけばよかった。

・日本史を学び直したいけどどうやったら勉強したらいいの?

と悩んでいる方は一緒に学んでいきましょう。私も、理系選択者だったので高校で日本史はほとんど習っていません。社会人になってから、日本史を勉強しておけばよかったなぁと後悔して勉強を始めました。

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私が実践している勉強法は下の3冊を使います。

今回は第6回「平氏はなぜ政権を奪取できたのか」です。

テーマ6:平氏はなぜ政権を奪取できたのか

問題:

詳しい問題文・参考文は、東大のディープな日本史を参照してくださいね!
概要をいうと、院政期における武士の進出に関して、
・中央政界で武士の力が必要とされた理由
・平氏が権力を掌握する過程とその経済的基盤
について考える問題です。

考え方のポイント

まず院政期の政治状況をざっくり押さえておく。

院政期は中央集権的な地方支配制度がグダグダになっていて、無法地帯になっている中、「自分の身は自分で守る」状況だったみたい。

武士がなぜ起こったのか

資料文1: 荘園公領制について

院政期、中央集権的な地方支配はすっかり荒廃して、各地は律令法の通用しない無法地帯と化していました。そしてそのような世の中で土地に関する争いなどが起き、武力での解決がなされました。

まず、この時代の土地支配の重要な形態である「荘園公領制」について語句を調べました

荘園公領制:12C の鳥羽院政期に確立し、中世を通じて存在。荘園公領からなる土地領有体制。荘園整理での郡郷制の再編成が進行することで成立。

ここでいう「荘園=寄進地系荘園」のことです。
荘園公領制でのバトルは
荘園側の勢力:領主である貴族や寺社の権威を背景に、不輸の件や不入の件を得て、国司による徴税の免除を目指した。
公領の勢力:政府の土地であり、国司は徴税をしたい。
この2つの土地の境界では紛争が頻発していました。上述の通り、政府は当てにならない状態なので、荘園領主も国司も紛争の解決に武士の力を頼りにしていました

資料文2: 白河上皇の天下三不如意「加茂川の水、双六の賽、山法師」

「意の如くならざるもの、加茂川の水、双六の賽、山法師の3つのみ」
全てを手にしたとも言える白河上皇ですが、嘆きとも言える三不如意 (思い通りにならないこと)が述べられています。その一つ、山法師とは比叡山の僧兵を指します。当時、僧兵も神仏の力に訴えながら朝廷に意見を通す「強訴」を行ってきました。その際の僧兵の鎮圧にも武士の力が必要であったのです。

資料文3: 保元の乱に対する慈円の見解

保元の乱の戦いは公家社会での権力抗争でしたが、この争いにも武士の力が必要となりました。1156年(保元元年)の「保元の乱」は、崇徳上皇と後白河天皇が皇位継承をめぐる争いに、源氏と平氏の武力を利用した政変です。その結果、源義朝と平清盛が後白河天皇方に付き勝利。争いに勝利した平氏は中央での発言力をさらに増していきました

平氏が権力を掌握する過程とその経済的基盤

続く平治の乱で源氏に勝利した平清盛は、後白河院につかえ外戚政策などにより、清盛の太政大臣就任など、一門で高位高官を独占しました。

資料文4、5: 平氏の経済的基盤

次に権力基盤です。もう一度読む日本史にそのまま書いてあります。

平氏は諸国の武士団の組織化に力を尽くしながら、多くの荘園や知行国を手に入れて富を蓄えた。また、清盛は日宋貿易に力を入れて、瀬戸内海航路を整え、大輪田泊を修築し、宋の商船を畿内まで引き入れた。(もう一度読む日本史 p89)

平氏は大和田泊を修築するなど日宋貿易に力を入れました。その他、大量の荘園や知行国も保有していたことがわかります。

解答メモ

これをまとめると、

中央政界で武士の力が必要とされた理由:荘園公領制の形成に伴い、紛争や僧兵の鎮圧や公家社会の内紛に武士の力が必要とされたから。
平氏が権力を掌握する過程とその経済的基盤:保元・平治の乱により勢力を強め、後白河院につかえ外戚政策により権力を掌握。経済的基盤は、荘園、知行国、瀬戸内海航路による日宋貿易。

というところだと思います。

まとめ

中世は混沌としていますね。荘園公領制の概念もややこしいし、武家、公家がお互いの力をうまく利用しながら、自らの利益を最大化させようとしているという権力ゲームも複雑ですね。
次回は、鎌倉時代に入ります。「北条氏が将軍にならなかった理由」について一緒に勉強していこうと思います。確かに、なんでずっと執権にとどまっていたのでしょうか。

前:問5. 摂関政治と院政の違いは何か?
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