【日本史】元寇で武士達は「国」を背負って戦ったのか?(東大のディープな日本史第8問)

日本史

こんにちは、たんたんです。

今回は、「社会人の日本史学びなおし」として、東大のディープな日本史の第8回を扱っていきます。

・学生時代、もっと真面目に歴史を勉強しておけばよかった。

・日本史を学び直したいけどどうやったら勉強したらいいの?

と悩んでいる方は一緒に学んでいきましょう。私も、理系選択者だったので高校で日本史はほとんど習っていません。社会人になってから、日本史を勉強しておけばよかったなぁと後悔して勉強を始めました。

東大のディープな日本史を使ったおすすめ勉強法の紹介

私が実践している勉強法は下の3冊を使います。

今回は第8回「元寇で武士たちは「国」を背負って戦ったのか?」です。

テーマ8:元寇で武士たちは「国」を背負って戦ったのか?

問題:

詳しい問題文・参考文は、東大のディープな日本史を参照してくださいね!
概要をいうと、13世紀におけるモンゴルの対日本戦争に関して
A : 日本軍の戦い方はモンゴル軍と比べてどの様な特徴があったかを「日本の武家社会の特質」と関連させて答える。
B : 朝鮮半島の高麗の政府や人民が、戦争で果たした役割とモンゴルの対日戦略に与えた影響を答える。
という問題です。

考え方のポイント

A: 日本の武士団の戦い方と武家社会の特質

元寇では、モンゴル軍は集団戦法日本軍は一騎打ちという話は聞いたことあります。

武家社会の特質とは

では、なぜ日本軍は一騎打ちを望んだのか? その背景にある武家社会の特質である惣領制について調べてみました。

一族の結びつき:武士の軍事行動の単位は家と一族です。家の中心は(惣領)と呼ばれ、惣領は兄弟などの庶子を従えて合戦に臨んだ。(もう一度読む日本史)
惣領制:武家社会において、惣領を中心に庶子を構成員とする一族の結合体制。幕府との主従関係は惣領が中心となり、庶子を率いて結び、所領は分割して相続するが、惣領が一族を代表して軍役・課役などを引き受け、一族内で分担して奉仕した。

つまり、
日本軍:惣領を中心にした血縁的武士団が、幕府からの恩賞を目当てに一騎打ちの戦い
モンゴル軍:集団戦法

という感じですね。

B: 元寇に対する高麗の政府と人民の「戦争での役割」と「与えた影響」

まずは資料文を「役割」と「影響」に注目して、全貌を明らかにしたいと思います。

資料文1: 高麗の宰相(首相)がモンゴルの外交使節団に働きかけ、対馬を前に引き返す様に工作。
→(役割:外交使節の案内役)
資料文2: 高麗の軍隊が、モンゴル軍とそれに屈した高麗軍に対し反乱
→(影響:元への反乱)
資料文3: 高麗はフビライから、軍船を建造を命じられ人民に負担を強いられた。
→(役割:軍船建造)
資料文4: 高麗軍が元寇に戦闘員として従軍した。
→(役割:戦闘員として徴兵)

果たして、この様な背景から考えると、元寇で高麗軍は本気で戦ったのでしょうか。

モンゴル軍が怖いから、しょうがなく戦ってやるか〜。でもやってられないわ。

的な感じだったことが見て取れます。
抵抗する者もいたでしょう、少なくとも士気はめちゃくちゃ低かったことがわかります。

その状態で、恩賞目当てで目がギラギラしている日本軍が一気駆けしてきたら、

「えっ、なにこの人たち!!」

相当焦ったんじゃないでしょうか!

解答メモ

これをまとめると、

日本軍:惣領を中心にした血縁的武士団が、幕府からの恩賞を目当てに一騎打ちの戦い
モンゴル軍:集団戦法
高麗の政府と人民の
「戦争での役割」:外交使節の案内役、軍艦建設、戦闘員としての役割
「与えた影響」:過重な負担により士気が低く、対日戦争の失敗を招いた。

というところだと思います。

まとめ

元寇の問題は、テーマ自体はよく知られているだけに切り口が面白かったですね。私が中学生の頃は、「元軍の集団戦法と”てつはう”によって、日本軍は壊滅的ダメージを受けた」という様な記述だった様に記憶していますが、この様な歴史もあったんですね。やっぱり、チームは人数だけでなく、士気の高さも重要と学びました。

次回は室町時代の「一揆」から見る、地域の共同体社会についてです。

前:問7. 北条氏が将軍になれなかった訳?
次:問9

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