東大入試で学ぶ日本史 1996年第1問「班田制の乱れとその原因とは」

東大の日本史過去問は日本史の流れを考える上で最高の教材だと思います。今こそ東大の日本史を通じて日本史を学び直しましょう。

私は、赤本、青本を参考に自分なりに問題に取り組んだ結果を載せています。
問題をご覧になりたい方は、こちら  に問題や解説が載っていますので参考にしてください。

1996年東京大学入試第1問

史料:914年、醍醐天皇に提出した三善清行の「意見封事十二箇条」より抜粋
(史料略)

設問
三善清行によると「国家財政が悪影響を受け、国司の地方政治が妨げられている」という指摘があるが、国司の職務を妨げるどのような事態が起きているのか、またどのような百姓がこの事態を引き起こしているのか。(150字)

 

まずは、背景知識としてこの時代の地方の土地所有に関する背景知識を整理しましょう。

 

 

知っておきたい知識(山川教科書より)
10C始めは、律令制の崩壊が決定的になってきた時代。延喜の荘園整理令を出したものの戸籍・計帳の制度は崩れており、班田収授も実施不可能だった。

この知識と史料文を元に考えると、

国司の職務を妨げる事態:

戸籍・計帳制度が機能せず、正確な徴税ができないという事態。

どのような百姓:

貧農を囲い込んでいる豪富の百姓

という感じで書けそうです。

解答例

農民の偽籍や浮浪・逃亡のため、戸籍による人民支配が不可能となり、班田収授および徴税が困難となる事態が起きていた。また、豪富の百姓は私出挙や墾田の開発を通じて富裕化し、貧農を支配下に入れ徴税を回避するなど、律令体制の基盤である戸籍計帳の制度が崩れ、租・庸・調の取り立てが困難となった。

この問題を通じて何を学べるか

8C初頭の律令体制では、戸籍・計帳に基づいて口分田が班給され、徴税がなされて来た。
しかし、浮浪や逃亡などで、10C前半にはその徴税体制が崩れてしまい、国家財政の維持が困難になった。そうすると、今までは戸籍に基づき人民から取り立てる方式だったのに、国司に一定額の税の納入を請け負わせる方式に変換した。その代わりとして、地方政治の運営を任された国司の立場は非常に強くなり、その最上位である受領の地位は絶大であった。受領は、名と呼ばれる課税対象の土地に対し、負名と呼ばれる請負人を当ててそこから徴税を行なった。

このように、徴税が国家→人民という流れから、国家→受領→負名 という流れに変わったという事は、その後の荘園公領体制および武士の台頭のきっかけになった出来事であると言えます。

日本史
シェアする
りょうたろをフォローする
サラリーマンにオススメな最強の自己投資ブログ